JGAP認証を取得するメリット
JGAP認証を取得することのメリットは何でしょうか。4つのキーワード「食品安全」「環境保全」「労働安全」「人権・福祉」から検討します。
JGAP認証を取得するメリット
JGAP認証を取得するメリットは、以下のようになります。
食品安全、環境保全、労働安全、人権・福祉に配慮し、適切に農場管理が実践されている団体・農場であることを証明し、真に持続可能な農業経営を確立し、消費者・食品事業者の信頼を確保できるようになること。
JGAP基準書「JGAP 農場用 管理点と適合基準 青果物 2016」(2016年9月1日発効)より筆者作成
これを一言で表すと、
「怪しい団体・農場ではないですよ」という証明になる
という感じでしょうか。もちろん、このコメントは正式ではありませんが、要約するとこうなります。「怪しい者ではないですよ」と言いながら近づいてくる人ほど怪しいものですが、「本当に怪しくない」ことを分かってもらうためには何らかの証明が必要です。
例えば、欧州市場でGLOBAL G.A.P. 認証を持っていない団体や農場は、取引業者に信用されない。つまり、「怪しいんじゃないの?」と思われるということです。そう思われるくらい欧州ではGLOBAL G.A.P. が普及しており、認証を持たない団体や農場にとっては認証が参入障壁になっているのでしょう。
日本国内ではまだまだ普及しているとは言えないですが、大手小売各社が自社農場でのGAP認証導入を推進しているので、ゆくゆくは欧州と同じようになるかもしれません。
- GAPについてIYの取組
- ヨーカ堂、農産物の安全認証 取引先の全生産者に取得後押し(リンクなし、日本経済新聞電子版、2017年8月17日)
- イオン農場とGLOBAL G.A.P.
- アジア初!GLOBALG.A.P.Number(GGN)ラベル付き商品の展開を開始
- ローソンファームでのJGAP
- ローソンファーム22カ所でJGAPを取得しました!
以下では、JGAPのキーワード「食品安全」「環境保全」「労働安全」「人権・福祉」について検討していきましょう。
「食品安全」: 残留農薬による経済的損失は甚大
第一のキーワード「食品安全」について検討してみましょう。
- 「安全な農産物」とは食品衛生法を遵守している農産物である
- 残留農薬の基準を遵守している
- 病原性細菌など、食中毒の問題が無い
- ガラスなど異物混入の問題が無い
- 放射能の基準を遵守している(2012年4月〜)
(出所)日本GAP協会「JGAP指導員基礎研修 研修テキスト」
残留農薬事故の経済的損失
食品衛生法に違反した場合、販売禁止(商品回収・出荷停止)による経済的損失は甚大になります。例えば、2007年に起きた残留農薬に関する下記の事例では自主回収、出荷自粛に加えて風評被害による損害額が約1億8,000万円と推計されています。
この結果を受けた栃木JAかみつがは、同日出荷分の全量回収、処分、生産者179人の圃場ごとに農薬検査実施、安全性を確認するまで自主出荷停止などの素早い対応策を決定。生産者全員が1月31日から2月5日まで出荷を自粛した。自主回収と出荷自粛による損害額は約1億8000万円に上ったという。何を学ぶべきか-栃木のイチゴ残留農薬問題
JGAPによる管理
JGAPでは、栽培工程→収穫工程→農産物取扱い工程において食品安全に関するリスク管理を行います。
- 食品安全危害要因を特定して、リスク評価する
- 対策を考えて、ルール・手順を作成する
- 手順を周知、教育訓練する
- 作業工程と投入資源(人、機械、備品等)を洗い出す
以上のプロセスを実践し、改善していきます。リスク評価については、使いやすいサンプル帳票があります。サンプル帳票を使いながら団体・農場で話し合って作成していきます。
さらに、「作業者及び入場者の健康状態の把握と対策(管理点13)」「土の管理(管理点15)」「水の利用及び廃水管理(管理点16)」「施設の一般衛生管理(管理点17)」「機械・設備、運搬車両、収穫関連の容器・備品、包装資材、掃除道具、工具等の管理(管理点18)」についても食品安全危害要因を検討し、リスクを評価、対策を考えてルール・手順を作成します。
以上のプロセスを、P(Plan: リスク評価と手順作成)→D(Do: 手順に沿った実践)→C(Check: 自己点検)A(Action: 改善)としてまわしくていくことにより、「事故を未然に防ぐ」ことが第一の目標になります。
しかし、ゼロリスクは非現実的ですので、「万が一事故が起こった際にどうするのか」が第二の目標になります。JGAPで食品安全に関するリスク管理をすることにより、原因の特定と危害要因を除去するための対策が素早くできるようになります。
結果的に、経済的損失を最小限にとどめる確率が高まります。以上が、食品安全の観点からみたJGAPのメリットであると考えられます。
「環境保全」: SDGsと持続可能な農業
第二のキーワード「環境保全」について検討しましょう。環境保全の目的は、持続可能な農業の実現にあります。農業は、土と水という自然資源を利用します。目先の利益を追求した結果として土と水の汚染が進行すれば、その土地で農業を続けられなくなり、長期的には損をすることになります。
SDGsとは
SDGsとは持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)のことです。2015年9月に開催された国連サミットにおいて採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」において記載された2016年から2030年までの国際目標です。SDGsには、農業にも関連するゴール(目標)があります。
ゴール(目標) | ターゲット | |
---|---|---|
2 飢餓 | 2.4 | 2030年までに、生産性を向上させ、生産量を増やし、生態系を維持し、気候変動や極端な気象現象、干ばつ、洪水及びその他の災害に対する適応能力を向上させ、漸進的に土地と土壌の質を改善させるような、持続可能な食料生産システムを確保し、強靱な農業を実践する。 |
6 水・衛生 | 6.3 | 2030年までに、汚染の現象、投棄廃絶と有害な化学物質や物質の放出の最小化、未処理の廃水の割合半減及と再生利用と安全な再利用を世界的規模で大幅に増加させることにより、水質を改善する。 |
12 持続可能な消費と生産 | 12.3 | 2030年までに天然資源の持続可能な管理及び効率的な利用を達成する。 |
12.4 | 2020年までに、合意された国際的な枠組みに従い、製品ライフサイクルを通じ、環境上適正な化学物質やすべての廃棄物の管理を実現し、人の健康や環境への悪影響を最小化するため、化学物質や廃棄物の大気、水、土壌への放出を大幅に削減する。 | |
15 陸上資源 | 15.5 | 自然生息地の劣化を抑制し、生物多様性の損失を阻止し、2020年までに絶滅危惧種を保護し、また絶滅防止するために緊急かつ意味のある対策を講じる。 |
JGAPによる管理
JGAPでは、上記のSDGsに関連する環境保全について適切に管理します。
「土の管理(管理点15)では、持続可能な農業のための土壌流出防止や土作りを行います(管理点15.2、15.3)。洪水による汚染水の流入について安全危害要因を特定、リスク評価して対策をします(管理点15.4)。
「水の利用及び廃水管理(管理点16)」では、主に生産工程で使用する水の安全性について安全危害要因を特定し、リスク評価、対策をします。加えて、水源、貯水場所及び水路が汚染されることを防止すること(管理点16.2)、生産工程で使用する水質の劣化を防ぐために廃水を管理することが求められます(管理点16.3)。
その他、SDGsに関連するJGAP管理点には、「エネルギー等の管理、地球温暖化防止(管理点19)」「廃棄物の管理及び資源の有効利用(管理点20)」「周辺環境への配慮及び地域社会との共生(管理点21)」「生物多様性への配慮(管理点22)」があります。
いずれの管理点も一見すると農業に直接関係がないように思えるので、疑問に思うかもしれません。しかし、エネルギー使用量と廃棄物を減少させることは環境負荷を減少させるため、農業の持続可能性に寄与します。地域社会に迷惑をかけたり、生態系を破壊するほど環境を汚染してしまえば農業は続けられません。
「労働安全」: 死亡事故件数は建設業の2倍
第三のキーワード「労働安全」について検討します。
(出所)平成24年度農水省補助事業「こうして起こった農作業事故Ⅱ〜農作業調査の対面調査から〜」一般社団法人・日本農村医学会, p. 85。
農業は日本を代表する危険業種
積(2017)によると、就業者10万人あたり死亡事故件数について以下のグラフを示しています。農業は65歳未満での事故に限定しても、建設業と同程度かそれ以上の死亡事故件数を示していることが分かります。この結果を踏まえて以下のように指摘されています。
建設業はどのようにして事故を減らしたか
一般的には危険な業種というイメージがある建設業と比較して、2倍以上の死亡事故が発生しているという事実にショックを受ける方も多いのではないでしょうか?
建設業は労働安全衛生法に基づいて、労働安全衛生管理に取り組んできた結果、死亡事故発生件数は緩やかながら減少傾向にあります。「建設業労働安全衛生マネジメントシステム(コスモス: COHSMS)」という管理システムもあります。
また、「労務安全書類(グリーンファイル)」という下請負が現場に入るときに元請に提出する書類があります。この書類により元請が現場の人員や機械を安全面から管理しています。
建設現場の様子を見れば分かるように、建設業では労働安全に関するマニュアル化が進んでおり、ルール・手順の周知徹底、日々の改善活動を通じて事故を防ぐための努力が死亡事故件数の減少に寄与ししていることが推察されます。
JGAPによる管理
JGAPでは主に「労働安全管理及び事故発生時の対応(管理点14)」において、労働安全を管理します。危険な場所や危険な作業について、危害要因(原因)を特定して、リスク評価を年1回以上実施します。
事故やけがを防止する対策をルール・手順を作成します(管理点14.1)。危険な作業を実施する作業者は、安全のための十分教育・訓練を受けること、法令等で要求されている場合は労働安全に関しての公的な資格または講習を修了する、もしくはその者の監督下で作業を実施する必要があります(管理点14.2)。
労働安全の第一の目標は事故を未然に防ぐことですが、事故の可能性をゼロにすることは不可能です。第二の目標として、事故発生時の対応や備えを万全にしておきます。労働事故発生時の対応手順や連絡網を作成し周知すること(管理点14.3)、清潔な水や救急箱の用意(管理点14.4)、労働災害保健への加入(管理点14.5、14.6)があります。
「人権・福祉」: ブラック農業にならないために
第四のキーワード「人権・福祉」について検討してみましょう。
技能実習生問題
農業分野で問題となっている人権問題として、外国人技能実習生制度があります。外国人技能実習生問題としては、「中国人農業技能実習生に関する人権救済申立事件(勧告)」(2014年11月28日)があります。
中国人農業技能実習生は、技能実習制度の下で来日し、レタス栽培に従事していたが、長時間かつ休日の少ない厳しい労働環境と、狭く不衛生な寄宿舎が多いといった厳しい生活環境に置かれ、過酷な条件下にあった。また、中国の送出し機関は、私生活や交友関係に及ぶ規則とその違反に対する制裁金を定め、これら規則の遵守を監督する監督者を置き、更に保証金徴収や保証人との間の違約金契約による威嚇の下で労働を強いて、預貯金の自由な処分の可能性を奪うなどの行為をして、技能実習生が逃亡や権利主張を事実上できないようにしていた。「中国人農業技能実習生に関する人権救済申立事件(勧告)」(日本弁護士連合会)
技能実習生を監視する目的で中国の送出し機関から派遣された監督者は「班長」と呼ばれていました。この班長は農作業に携わらないにも関わらず技能実習生の在留資格で受け入れられていました。
問題点は2点あります。第一に班長の違法性、第二に班長による違法な管理を組合が看過していたことによる人権侵害の疑いです。
日弁連勧告に対して、村農林業振興事業協同組合(現在は解散)は以下のように反論しています。
罰金徴収については「噂があり、実習生に聞き取りをしたが、確認できなかった。ただ、地域住民の不安解消や円滑な仕事のために作ったルールが、罰金の根拠として送り出し機関や班長に悪用された可能性はある。監督責任の不備はあっても、『実習生の管理・支配のため組合も黙認していた』との日弁連の認定は事実と違う」と話す。
別の元役員は「一部に問題の農家がいるのは事実で勧告は真摯(しんし)に受け止めている。しかし過酷な仕事で日本人アルバイトが集まらない中、大多数の農家は実習生に感謝し、帰国時は手を取り合って涙を流しているのが実情だ。組合全体で中国人から搾取していたことは断じてない」と話す。「年収2500万円の村」長野・川上村襲った風聞 日弁連が勧告、村側は反発」産経新聞(2014年12月19日)
この問題から分かるのは以下の2点です。第一に、外国人技能実習生がいなければ産地が維持できない現状です。第二に、外国人技能実習生に対する人権侵害を防ぐための対策、ルールと手順の整備が不足していることです。
人権に配慮するのは、もちろん外国人技能実習生だけではありません。団体・農場で働く全ての人に対して基本的な人権侵害がないか、不平不満やトラブルの可能性がないか、差別や偏見がないかを検討する必要があります。
JGAPによる管理
JGAPでは主に「人権・福祉と労務管理(管理点12)」で管理します。はじめに、団体・農場に労働者が存在するかを確認して、労働者名簿を作成します。農業の場合、作業者が労働者にあたるかどうか判断が難しいケースがありますが、以下のチェックリストを使用して判断するようにします。
外国人技能実習生に関連する項目としては、外国人労働者を採用する場合、在留カードにより在留許可と就労可能かを確認すること(管理点12.1)、強制労働禁止のために対策を実施すること(管理点12.2)があります。時間外労働や休日労働をする場合は、労使協定(36協定)を締結し労働基準監督署へ届け出る必要があります(管理点12.3)。
労働者用の住居は安全で、健康的な生活環境の整備(衛生的な給水・排水施設・トイレ、消火設備、暑さ・寒さの対策、換気窓、安眠できる環境)が行われる必要があります(管理点12.7)。
労務管理については、使用者と労働者との間で、年1回以上、労働条件、労働環境、労働安全等について意見交換を実施し、実施内容を記録します(管理点12.3)。また、使用者は労働者に対して、就労前に労働条件を文書で示し、法令に従って労働条件を遵守する必要があります(管理点12.5、12.6)。
結論
以上、JGAP認証を取得するメリットを「食品安全」「環境保全」「労働安全」「人権・福祉」という4つのキーワードから検証しました。
「食品安全」については残留農薬事故を例に、経済的損失を最小限にするために生産工程のリスク管理をすることの重要性を指摘しました。
「環境保全」についてはSDGsを例に、持続可能な農業を実現するために土、水など自然環境への負荷を減らす必要があることを指摘しました。
「労働安全」については建設業界を例に、リスク検討、マニュアル化の推進、周知徹底により事故件数を減少させることを指摘しました。
「人権・福祉」については外国人技能実習生問題を例に、労働者の人権侵害やトラブル、差別偏見を減らすために、具体的な労働契約と労務管理の方法について指摘しました。
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